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中国人がドラッグストアにハマる本当の理由

台湾カリスマ案内人、日本製品の魅力を語る


化粧品が多く、売り場が明るい日本のドラッグストアは、中華圏の女性に大人気(撮影:梅谷秀司)

「“爆買い”客が減るのではないか」――。6月に中国株が大暴落して以降、日本ではこのような臆測が飛び交った。だが、今のところそれは杞憂かも知れない。日本政府観光局(JNTO)が9月に発表した8月の中国人観光客数は前年同月比133%の59万人と、過去最高を記録し、その勢いが衰える兆しはないからだ。

中国人をはじめ、台湾、香港など中華圏から日本に押し寄せる観光客には、ある特徴がある。それは、来日の最大目的が買い物であること。そして、特に購入率が高いのが化粧品やOTC医薬品であることだ。2014年10月から免税対象となったことも追い風となり、ドラッグストアは人気の買い物スポット第3位に入った(4~6月。観光庁調べ)。

中華圏から化粧品・薬を買いに来る観光客の水先案内人として、絶大なる影響力を持つ台湾人がいる。「日本薬粧(薬・化粧品)研究家」の肩書きを持つ鄭世彬氏だ。日本のドラッグストアやそこで買えるコスメ・医薬品を中心に紹介したガイドブック、『東京薬粧美研購』(東京コスメ・薬ガイド)を2012年に台湾で出版して以来、関連の書籍は9冊にのぼる。中国の書店でも翻訳版が平積みされ、フェイスブック上で運営するページには、4万人近いユーザーからの「いいね!」が集まる。

ガイド本を執筆しはじめた4年前には「取材を受けてもらうのに苦労していた」という鄭氏。だが、今や訪日客の取り込みを狙うメーカーや自治体からのラブコールが絶えない“時の人”となった。そんな鄭氏に、訪日客の買い物事情を聞いた。

「日本の薬は効き目がある」といわれていた

――中華圏からの観光客が、ドラッグストアで”爆買い”するのはなぜですか。

私は小さい頃から「日本の薬は効き目がある」と祖父母に教育されてきた。常備薬として家に置いてあるのは日本の薬。日本へ気軽に行けなかった20年前は、違法の並行輸入業者から購入してまで日本の薬を手に入れたい、という人が多かった。だから、日本旅行が手軽になった今、彼らがドラッグストアに殺到するのはあたりまえだと思う。

私の本業は日本語の翻訳。それを知るご近所さんからは、日本の薬のパッケージを翻訳するよう頼まれていた。それも毎日のように。日本の薬だから効くだろうと買ったが、何の薬かわからないから訳してくれ、と(笑)。ここに、私がドラッグストアのガイド本を書こうと思った理由がある。他の人も同じ悩みを持っているのではないかと思い、出版社からの依頼を受けることにした。

初版5000部が即完売し、たちまち増刷となった。人口の少ない台湾では異例のことだ。日本の某ドラッグストアチェーンから「この本を持って来店する観光客が多いが、うちの店を掲載してくれないか」と電話がかかってきたこともある。


化粧品大手「オルビス」を訪問し、マスクシートの使用感を確認する鄭氏(撮影:梅谷秀司)

日本のドラッグストアは健康な人が行く明るい店

――日本のドラッグストアの魅力はどこにあるのでしょうか。

とにかく品数が多い。特に女性は、そういうのが好きでしょ。しかも、売り場が明るく、十数年前に初めて日本のドラッグストアに入ったときは、「デパートみたい」と感動した。

対して、台湾のドラッグストアは店内が暗く陰鬱な感じだ。今でこそ、「ワトソンズ(屈臣氏)」など、化粧品の品揃えが豊富なドラッグストア・チェーン店が一般的になってきたが、10年くらい前までは、高齢者が細々と経営している店が多く、病気になったときにだけ薬を買いに行くところだった。だから、健康な人がコスメやOTC医薬品を買いに行く、という日本のドラッグストアのコンセプト自体が斬新なものだった。

――台湾では、日中合弁の「日本製商品」専門のドラッグストアが人気だと聞きました。店構えもどこか「マツキヨ」を思わせます(笑)。

「日本薬粧堂」(2011年設立・董事長阿部英男)のことだろう。姉妹店の「日薬本舗」も合わせれば、台北を中心に30店舗近くある。だが、いくら日本風の作りと行ってもやっぱり何か違う。薬事法の違いから、日本で販売しているものとは成分が違う製品もある。

ブログでは分からないことがある

――日本に来て購入する意味があるのですね。そんな彼らが携えているのが、鄭さんのガイドブック。中華圏の若者は、インターネットでの情報収集が得意という印象ですが・・・。

ネットの情報は断片的だし、ブログは信頼できないものになりつつある。以前、日本のタレントのブログが「ステマ」(宣伝だとわからないよう個人の感想を装って宣伝をすること)だったという事件があったが、台湾でも同じような事件があった。だから消費者は、「ブログの情報は宣伝なのではないか」、そう思い始めている。


ガイドブックには商品に関する細かい説明がびっしり。

それに対し、私の本は実際に製品を使用して、メーカーに足を運んで取材している。広告料は一切いただかずに良いと思った製品だけを体系的に紹介している。読者には、そこを評価してもらっていると思う。そしてもちろん、最新の情報はフェイスブックを通じて随時発信している。

――商品の成分を詳しく解説しているのが特徴的です。

化粧品や薬の成分を明記するガイドブックを書いたのは、自分が最初。SNSやブログは、「自分はこれがオススメ」という主観的な書き方をして、何が“オススメ”の理由なのかがわからない。けれど、効果の高さを期待して日本の化粧品や薬を買う以上、消費者が知りたいポイントだと思う。

――先ほど、メーカーへの取材でマスクシートのパッケージに注目していましたね。効能だけでなく、見た目もやっぱり重要なのでしょうか。

買い物のときには、まず見た目で判断します。第一印象が良ければ、購入につながる可能性も高くなる。効能が書かれていてもその場では読めないですから。男女を問わずに人気なのは、なんと言っても赤や金色で、キラキラしているもの。プレゼント用にも映えるため、中華圏に共通した好みだ。だから、赤くてキラキラしたロート製薬の目薬、「リセ」は非常に人気が高い。

――最近では、鄭さんから取材を申し込むだけではなく、日本のメーカーや自治体から面会を要請されることが多いとか。どのような要望が多いのでしょうか。

一番多いのは、新刊への掲載依頼。あとは、インバウンド対策としてどのようなことをすればよいのか、アドバイスを求められることもある。某化粧品メーカーでも、抹茶のコスメが売れるのではないかという私のアドバイスをもとに商品を作り、外国人観光客向けに評判がよいといっていた。最近は、「イトーヨーカドー」などGMSから声がかかることもある。いくつかのメーカーからは、専属コンサルタントの契約をオファーされてたが、私の書籍は客観性が命なので、専属契約を結ぶつもりはない。

来日前に通販で買い、ホテルに届けてもらう

――今年7月に出た最新刊では、大手メーカーのものだけでなく、金沢のローカルコスメを特集しています。台湾人は地方にも興味を持っているのですか。

台湾人は、世界中の観光客のなかで一番日本を熟知している。東京や大阪は熟知していて、リピーターも多いから、それだけでは、もう満足できない。だから、地方に行きたい。また、中国人があまりいないところに行きたがる傾向がある。近年は中国人の間で京都の人気が高まっているので、台湾人は、京都に似た雰囲気のある金沢に目を向けている。北陸新幹線が開通したときも話題になった。地方コスメ特集は、最新刊のなかで最も反応がよかったものだ。

地方観光に目を向けるのには、もう一つ理由がある。


ホテルに届いた段ボールが山積みに

台湾人も中国人と同様”爆買い”を楽しみに来日するが、その方法は異なっている。彼らは台湾にいるうちから、日本の「アマゾン」などの通販サイトで買い物をし、日本で滞在予定のホテルを送付先に設定する。そうすることで、日本滞在中は十分観光に時間を割いて地方まで足を伸ばし、同時に買い物もしっかりできる。賢明でしょう(笑)。

私自身、来日時はそのように買い物をしています。前回の来日時も、カート3台分の買い物をして、ホテルに届けてもらった。荷物を運ぶホテルスタッフはたいへんで、ヒーヒー言っており、台湾のニュースでは、「日本のホテルに迷惑をかける台湾人」として取り上げられた。これが台湾人ならではの”爆買い”の手段だ。


鄭さんの友人宅に帰国後届いた段ボール

――中国人は同じ方法を取らないのですか。

中国人は、ネットに規制がかかっていて、一部の日本のサイトにアクセスできないことがある。だから、ホテルの山積み段ボールは、100%台湾人の仕業なんです。

ホテルのキャパシティが不足している

――薬や化粧品をネットで買うことに抵抗はないのでしょうか。使用感がわからなくて不安ではないですか。

抵抗は全くない。中国人も台湾人も、日本人よりもずっとネットショッピングには慣れている。仕事中にネットサーフィンをして、購入したものを職場に届けてもらう、そんなこともよくある。化粧品をネットで買う場合は、リピーターであることが多いので、問題ない。ネット通販の最大のメリットは、値段の比較ができることで、一番安いところで賢く買う。

――現在、株式市場の暴落により、中国人の消費が低迷するのではないか、と懸念されています。鄭さんのお考えは。

今のところ、その気配はないように思う。ブームはしばらく続くだろう。2011年に日中・日台間のオープンスカイ協定が締結されて以降、LCC(格安航空)などの定期便がどんどん増えているが、それでも満席となっている。台湾人の来日頻度は中国人よりずっと多く、年に2回来日するのは普通で、私の読者には、年に5回くらい日本へ行く人も珍しくない。

欧米人は、風景やグルメを楽しめればそれでいい。けれど、中華圏の観光客はそれに満足できない。買い物をしなくちゃ。日本に行って、帰ってきた途端、すぐに日本で買い物したくなる。一種の病気だ(笑)。

課題は、日本のキャパシティの不足だ。私は月1回ペースで来日しているが、そのたびにホテルの予約がたいへんになっていて、価格も倍くらいに上がっている。これを解消することが、“爆買い”を継続するには最も必要なことだろう。