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タクシー運転手も避けて通れない「英語」の道

「MKタクシー」の名称で知られるエムケイ。世界的な観光都市・京都に本社を構えるタクシー・ハイヤー事業を主力とする会社だ。タクシーを停めると運転手が出てきて、ドアの開け閉めをしてくれるなど、きめ細かい接客サービスが利用者の評価を得ている。

ハンガリー出身の社員がMKタクシーで活躍

そんなエムケイが観光訪日需要の取り込みのために、積極的に取り組んでいるのが英語研修だ。キーマンはハンガリーから来た1人の社員である。

エムケイ外商部副主任のヤカブ・リッラさんは、社内のタクシー運転手に向けた英語研修全体の管理を担っている。エムケイは「初級」「プレ中級」「中級」「上級」と、4つのレベルごとに各営業所で月2回の英会話研修を行っており、リッラさんはそのスケジュール管理や教材の作成を担っている。初級とプレ中級の授業はアルバイトの英会話講師9人が担当し、中級と上級の授業では、リッラさんみずから講師として教壇に立つ。

英会話研修といっても、そのレベルはかなり高い。昨年12月に行われた中級クラスでは、50~60歳代の運転手が集まり、「伏見稲荷大社の観光ガイド」について、ディスカッション形式の授業が行われた。授業中になされる会話はすべて英語だ。

石を持ち上げて軽く感じれば願いがかなうといわれる「おもかる石」について、「いつもどのように説明していますか?」とリッラさんが運転手たちに問いかける。ある運転手がおもかる石について説明すると、リッラさんは「内容は正しいが、普通に説明するだけだと石を重く感じてしまったお客様が落胆してしまいます。どうすればいいと思いますか?」とさらに問いかける。

別の運転手は「お客様を落胆させないために、石を持ち上げるときに指を挟まないよう気をつけて、と言い添えている。そうすることで、石が相当重いと意識できる」と答えた。英語であっても、おもてなしの心は忘れない。

「エムケイは、とても礼儀正しい日本語でマニュアルを作成している。私が英語のマニュアルを作成するときも、”May I have your name please?”や”Could you please say it again?”のように、エムケイにふさわしい丁寧な英語にするよう心がけている」(リッラさん)。

エムケイは外国人観光客を対象に、英語を話すことのできる運転手を派遣するハイヤーカーを1990年から導入してきたが、派遣できる運転手は当初20人程度だった。一方で、政府の方針もあり、年々訪日需要が高まる中、2009年にすべての運転手を対象とした英語教育への取り組みを始める。まずエムケイが企画したのが、正社員全員を巻きこんだ「英語寸劇大会」だった。

選ばれた社員がみずから英語寸劇の台本を作成

すべての社員から無作為の抽選で3人1組のチームを作り、台本の作成から寸劇までを英語で行う。「ホテル」、「寺・神社」、「料亭」などのテーマを割り振られ、それぞれのシチュエーションにおけるタクシー運転手と外国人乗客のやりとりを寸劇として披露する。英会話講師のチェックを受けながら、選ばれた社員たちがみずから台本を作成する。

予選、準決勝を勝ち残った10数チームは、観光庁や京都市内の主要ホテル総支配人などを審査員にむかえ、決勝を戦う。多忙な業務の合間に寸劇の準備をしなければいけないため、社員からの反発も強かったが、会社が英語教育に本気であることを示すために始めたという。

2009年から計3回の寸劇大会が開催され、第2回大会にアルバイトの英会話講師として参加したのが、リッラさんだった。当時リッラさんは、日本語専攻の交換留学生として京都大学に所属していた。日本語の響きが好きで、日本語の勉強を始めた。好きな日本語は「ちんぷんかんぷん」。

「英語をまったく話せない人も、仕事後に寸劇作りに一生懸命に取り組んでいました。この人たちのために何かしてあげたいという気持ちになりました」(リッラさん)。「寸劇大会」で英語教育に取り組むエムケイのチャレンジ精神に魅力を感じ、大学卒業後も母国へは帰らず、エムケイへの入社を決意した。

「『エムケイってどこ?タクシー会社で運転でもしたいの?』と両親も困惑していた」と話すリッラさんは、タクシー会社の社員ながら運転免許証を持っていない。「両親が幼稚園の先生をしており、もともと教育に興味があった。18歳の頃から教育のアルバイトをしており、これからもこの経験を生かしてエムケイの英語教育に貢献したい」という。

東京オリンピックを見据え、エムケイは昨年に留学制度も拡充した。それまでは年に1度、4~5人の運転手をイギリスへ語学留学に送り出していたが、昨年1月からは年3回、最大40人をフィリピン、イギリス、オーストラリアなどへ最大2カ月間留学させるなど、制度を充実した。

57歳でイギリスに留学したエムケイのある運転手は、「現地の家にホームステイをしながら、インドや中東などさまざまな国から集まった若者たちと一緒に現地の語学教室に通った。人生最高の1カ月だった」と当時を振り返る。「運転手の方々はもともと人とお話しするのが好きなので、観光案内も英語で行いたいという気持ちは強い。社内の研修はあくまでもきっかけで、自分からどんどん学びを深めてほしい」(リッラさん)。

日本にいても外国人相手の商売が必要な時代に

日本政府観光局(JNTO)によると、昨年1~11月の訪日外国人客数は、1796万人に上っている。過去最高を記録した一昨年(2014年)の年間客数1341万人をすでに上回っており、年間で2000万人に迫る勢いだ。2020年の東京五輪開催を控えて、ますます増加することも考えられる。

中国人の「爆買い」に代表されるように日本国内の各種小売店、家電量販店などだけでなく飲食店や公共交通機関など、従来は日本人が大半だったところを外国人がどんどん利用するようになってきている。日本の人口が減少に転じ、将来的に日本人の数が減っていくのが確実な中で、日本国内にいても訪日外国人を相手にする商売の重要度は増してきており、そこに宝の山が隠されているかもしれない。

エムケイはタクシー会社としてはかなり先進的ながら、日本国内を走り回るタクシー運転手でさえも、英語習得に向き合わなければならなくなってきていることを示している。日本の中にいても国際化はどんどん進み、「日本の中で働くだけなら英語は話せなくてもいい」というような、甘いことも言っていられなくなってきている。