
日中緊張が高まる中、台湾はこの外交波にどう向き合うべきか
中国は来ないなら、私たちが行きます」と考える台湾のまなざし

出典:分析ツールを用いて「台湾有事」をキーワードに、2025年10月以降の台湾発データから関連キーワードを抽出したもの。データはWeb記事、掲示板、各種SNSから取得し、X(旧Twitter)のみ全量データを使用している。
中国政府が「当面、日本への渡航を控えるように」と自国民へ注意喚起を出しました。きっかけは、日本の高市早苗首相が、もし中国が台湾に侵攻・封鎖した場合、日本の「存立危機事態」となり、軍事的対応もあり得ると国会で答弁したことだとされています。中国側は強く反発し、「日本に滞在する中国人に重大なリスクがある」として、渡航自粛を呼びかけました。CNN Japan
日本にとって中国は最大のインバウンド市場です。今年1〜9月だけで、約750万人の中国人観光客が日本を訪れており、依然として非常に大きな存在感を持っています。youtube
JNTO訪日外客統計
この規模を考えると、今日明日で数字が激変するというより、実際の減少が統計に表れてくるまでには、一定のタイムラグが生じると見るのが自然です。タイトルにある「影響が出るまで時間がかかる見込み」というのは、こうした前提から来ています。
台湾メディアは「地政学」として受け止める
台湾の英字メディア「Taiwan News」は、この中国の渡航警告を、単なる観光・旅行の話としてではなく、「台湾有事」をめぐる日中対立の一段階として捉えています。
同紙は、高市首相の発言が「台湾への武力行使は日本にとって存立危機事態となり得る」と明言した点に注目し、これは日本の対中・対台湾スタンスの重要な転換と受け止められていると伝えています。台湾側から見れば、日本が台湾海峡の安全保障によりはっきりとコミットする方向へ一歩踏み出した、と評価しているのです。台湾政府も、日本のこうした姿勢を歓迎していると報じられています。Taiwan News
一方で、別の台湾向け華語メディアは、今回の中国の旅⾏警告や周辺海域での実弾演習は、政治的に動機づけられた圧力であり、インド太平洋の安全保障にとって大きなリスクだとする台湾総統府報道官のコメントを紹介しています。Arch Web+1
つまり、台湾側の公式なトーンは、「日本への観光客が減る/増える」という話よりも、日中関係の緊張が台湾海峡の安定をどう揺るがすか、という安全保障上の文脈に比重が置かれています。
台湾ネット世論は「ちょっと複雑、でも正直うれしい?」
では、一般の台湾の人々は、今回の中国の日本渡航自粛をどう見ているのでしょうか。
台湾のオンラインメディア「太報(Tai Sounds)」は、中国外交部が「日本は治安が悪化している」「中国人への襲撃が多発している」として日本渡航を控えるよう呼びかけたことに対して、台湾のネットユーザーがむしろ歓迎するような反応を見せていると伝えています。
記事によると、ある人気の「旅日達人」は「そんなに危険な場所なら、私たち(台湾人)が行きます」と冗談めかして書き込み、コメント欄には「奈良の鹿の代わりにお礼を言いたい」「危険なら私たちだけで行きますから、中国の方は来なくて大丈夫です」といった声が寄せられたと紹介されています。太報 TaiSounds
別のテレビニュースサイトも、「中国が日本に行くなと言うおかげで、日本旅行の“品質”が上がりそうだ」と喜ぶ台湾のネットユーザーの反応を取り上げています。「今がチャンスだから、すぐ日本行きの航空券を押さえよう」「こんなに中国政府を応援したくなったのは初めてだ」という、半分冗談・半分本音のコメントも伝えられました。nexttv.com.tw
ここには、「日本旅行が大好きな台湾」と、「中国人団体客との距離感」という、以前から存在していた感情がにじんでいます。実際、台湾から日本への旅行者は、コロナ後の回復局面でも非常に早いペースで戻っており、日本側でも「台湾からの旅行者は安定した重要市場」として繰り返し言及されてきました。Taiwan News
「中国が減っても、台湾と他のアジアが埋める」――そんなに単純ではない
では、中国からの訪日客が減った分を、台湾や東南アジアの観光客がそのまま埋めるのでしょうか。
数だけを見れば、今年1〜9月時点で約750万人の中国人観光客が訪日している一方で、台湾・香港・韓国など他の地域の旅行者も多いとはいえ、そのボリュームは簡単に肩代わりできる規模ではありません。youtube
台湾のネット上で「私たちが埋め合わせます」と冗談半分に語られているのは、もちろん比喩的な表現です。
それでも、この「冗談」には、いくつかの本音が見え隠れしているように思います。
-日本旅行への根強い人気
-団体ツアーよりも、自分のペースで街を歩きたいという個人旅行志向
-そして、中国政府の政治的なメッセージと距離を置きたい、という台湾ならではの感覚です。
台湾にとって、日本は「近くて、親しみのある海外」です。政権や外交の思惑とは別に、「今年も日本は行かねば」と考える人が多いこと自体は、今後も大きく変わらないでしょう。

最後に、コラムとしての個人的な見解も少しだけ付け加えたいと思います。
今回の中国による日本渡航自粛は、観光統計で見れば、数カ月〜半年というスパンでじわじわと影響が表面化してくる性質のものだと思います。特に、すでに販売済みのパッケージツアーや年末年始の予約がどう扱われるかによって、グラフの曲線は大きく変わってくるはずです。
一方、台湾の反応は、数字というより「感情」の側面をよく映し出しているように感じます。
-台湾政府・専門家:安全保障・地政学リスクとして冷静に分析する。
-台湾のネット世論:日本旅行への愛着と、中国政府への距離感を、ユーモアを交えて表現する。
この二つが同時に存在しているのが、いかにも台湾「らしい」姿なのかもしれません。
個人的には、「中国人観光客が減るからラッキー」という感覚だけで終わらせてしまうと、かえって地域全体の不安定化を見落としてしまう危険があると思っています。中国と日本の間で高まる緊張の焦点はあくまで「台湾有事」です。そして、そのリスクが現実味を帯びれば帯びるほど、観光もビジネスも、いちばん先にダメージを受けるのは、台湾自身でもあります。
だからこそ、台湾からの視点としては、
「中国が来なくなる分、私たちが日本を楽しみます」, という明るいユーモアと同時に、
「そもそも、こんな形で観光が政治の道具になっている状態自体が危ないのではないか」という冷静な問いかけも、忘れずに持っておきたいところです。
中国からの訪日客は依然として多く、その減少が本格的に数字に現れるまでには時間がかかります。一方で、台湾の人々は、数字だけでは見えない「旅行の空気の変化」を敏感に感じ取り、自分たちなりの距離感とユーモアで受け止めています。
そのギャップこそが、今の東アジアの複雑さをよく物語っているように思います。
このコラムを書いた人

グローバル・デイリー /台湾市場リサーチ・インバウンド企画担当
台湾出身。台湾向けプロモーション企画や市場動向チェック、現地の旅行・インバウンドトレンド分析を担当。生活者のリアルな声とデータの両面から、台湾の「今」を立体的に伝える。
